アポなしで自宅に来た元同僚

「先輩、三万、お願いします」

借金の申し込みであった。

もう二度と会いたくないなというヤツなら誰しもいると思いますが

そんなヤツがどういうわけか

ぼくの自宅を突き止めてアポなしで訪ねて来たという話です。

日曜日の午後、ベランダから

やわらかな日差しが春のごとく部屋に降りそそぐ。

よし、散歩に出かけよう、と準備をしていると

『ピンポーン』と玄関のチャイムが・・・

宅配が届く予定はないので

これは、なにかのセールスかもしれない。

ならば無視しておくか。

『ピンポーン』と、もう一度鳴ったが、やはりそのままにしておこう。

シャワーも浴びて服を着替えたころには、

もうすっかり訪問者のことなど忘れている。

お気に入りのスニーカーを履いてドアを開けると

そこにヤツはいたのだ――。

自宅の住所を教えたことはなかった。

直感的に様子がおかしいなとは思ったけど

立ち話もなんだし近所の手前もあったので

ひとまず中に入ってもらった。

だけど、いろいろ事情を聴いたり最近の暮らしぶりなどを知るにつけ

やはり中に入れたのはまずかったと後悔した。

金を貸すのはキッパリと断ったのだが、ヤツは帰ろうとしない。

しつこく話を長引かせようとするのを

ぼくがなんとか終わらそうとするうち、どういうわけか

YouTubeで有名になるにはどうすればいいか。

という話になった。

ぼくはYouTubeをやっていないので正直にわからないと伝えたけれど

「そんなこと言わずに教えてくださいよ」と引き下がらない。

こっちは隠し立てしてるわけじゃないんだが、なにやら誤解してるようだ。

ヤツとは去年やってた仕事でたまたま一緒だっただけで

友達でもなんでもない。

年齢は30代に入ったばかりだと思う。

職場では20代のころプロを目指して

バンド活動をしていたという話を聞いた気がする。

いつも「すいません、すいません」といって

両手を合わせて人からタバコをもらおうとするので

みんなからは煙たがられていた。

ぼくも一度だけねだられたけど

「あ、タバコ吸わないんですよ」と言ったら

(なんで吸わねえんだよバカ)といった表情をしていたので

そこらへんでヤツを苦手な人物と認定したと思う。

「じゃあさ、ギターでも弾いてそれをアップすればいいんじゃないの?」

「そういう路線は、ちょっと・・・」と顔をしかめる。

たしかにギターなんてうまい人は世界中にゴロゴロいる。

「ジブンにもできるような何か」

そんなこと知らんがな・・・

なにか光るところでもあればいいのだが、

たとえばイケメンであるとか、歌がうまいとか

株だのFXだのの儲け方を実際は儲けてなくとも解説できるだとか・・・

ぼくは、ぬるくなった昆布茶を熱そうにすすりながら

「ところで、有名になってどうすんの?」って聞いた。

すると彼は、虚を突かれたような顔をして

「どうするって・・・そんなの有名になってみないと、わかりませんよ」

と、いくぶん不貞腐れ気味に答えるじゃないですか。

「じゃあ、有名になることで得られるメリットってなんなの?」

「・・・」

「まあ、で、いったいどれくらい有名になりたいの?」

「全国的に」

「そんなのタモリくらいしかいないでしょ」

なんの取柄もないくせに自己顕示欲だけは旺盛なのだった。

「音楽が好きなら、もっとギターを練習してYouTubeで・・・」

「だからそれは無理ですよ。ジブンには時間ないっすから」

「てっとり早く有名になって、あわよくば金も欲しいと・・・」

「――いや、お金の話は言ってないです」

いや、嘘臭い。

彼には、ウンコを我慢している小学生みたいな切羽詰まった雰囲気があった。

「いまの運送屋なら、そうだな月に手取りで25万くらいかな・・・」

「そんな、もらってませんよ。だから貯金もないんですけどね」

まあ、給料の額は関係ないだろう。

この男は三日と開けずに行きつけの居酒屋で

三千円くらい飲み食いをする。

行かない日はコンビニで弁当と缶ビール500mlを三本を買う。

自炊はしない。

タバコは毎日一箱、

缶コーヒーは五本も飲んでいる。

しかもその都度、自動販売機で買っているのだ。

それから、パチンコに競馬、勝っても負けても、

いかがわしい店に行く・・・。

「なにかないですか?」

「ないよ」

「なにか紹介してくれるまで、オレ帰りませんよ! 」

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