バックレの始まりと終わり

自分で蒔いた種は自分で刈り取れ

と古来より云われて来ましたが

すべてのものに、始めと終わりがあるように、

あなたから退職の意思表示をした場合、一度幕を開けたなら、

本来は、あなたから幕を閉じなければならない。

と言っても、『退職の意思表示』という

狭い範囲ひとつとっても種類は様々である。

そのなかには、

たぶん幕を開けたのが客観的に見て、あなただと思われる場合でも

開幕から閉幕までのほとんどの作業を会社が

あなたからの文書や言動を抜きに判断して行うことがある。

――ひとまず、幕を開けるきっかけを

作ったのがどちらかという問題はさておき

確実に幕を閉じるまでの作業を、あなたがやったとは言えないケース……。

退職するという意思を明確にしない人

バックレをたびたび繰り返した人ならよく御存知だと思うが

たとえば、朝になって会社に行きたくないという瞬間

『始まり』は芽生える。

やがて、会社からの果てしない鬼電と郵送による手紙。

パワハラ上司や頼りがいのない先輩、

あるいは嫌味な同僚や親切な後輩の度重なる自宅訪問。

そして、それら本来の目的をすべて無効にする居留守――。

これらの工程がスムーズに行かず紆余曲折する場合もあるが、

どうにか消化して(約一週間から一か月ほどかかる)

無事に銀行口座への給与の振り込みと

一定の期間雇用保険に加入していた人なら

離職票が自宅へ届いた瞬間に『終わり』を刈り取るものである。

そのため正否の判断はなかなかつかない。

バックレも人生経験のひとつ

入社と退社の数限りない繰り返しの狭間に埋もれたまま、

長い年月がたっても正当化されないバックレは枚挙に暇がない。

その人が、まだ十代なら世間からは簡単に理解され正当化もされる。

それは、十代はまだまだ成長期で、肉体や考え方はもちろん

自分の “ 生き方 ” においても、自分のスタイルと呼べるものは曖昧で

確立できていない世代だからだ。

当然、いろいろなものを試してみたい年頃なはずだし、

むしろ強制されてでも試すべきである――。

それが自然なことだし、実際失敗を含めて、この頃に経験したことは

たとえバックレであっても貴重な経験となるであろう。

確実に二十代、三十代と、その後の人生につながっていくものだ。

双方に過失のないバックレの例

椅子を回転させて企画室の室長である浜野恵子(51歳)は六階の窓から、

スカイツリーがある方向を眺める。

しかし、きょうは生憎の糠雨で霞んでいるため、スカイツリーは見えない。

駅前のデパートは、ぼんやりと

まだ昼すぎだというのに屋上の航空障害灯を赤く点滅させていた。

いつもとは違った窓外の景色を味わいながら

支店にも長いこと行ってないなと美恵子は思った。

あの新人たちの顔を思いだすと

いまにも支店長のしわがれた怒鳴り声が聞こえてきそうだ。

支店長と社内の新人教育について、よく私は議論したものです。

結局、私は支店長とは意見が合わなかったけれど、いつも私が折れる形で

話し合いを終わらせていたのでしたが。

呼ばれて入って来た、本日初出勤という新人は

この本店では一際目をひく華やかなスタイルをしていた。

山田さやか(29歳)元キャバ嬢

本人が公言しているわけではないのだが、これは間違いないだろう。

一応、履歴書では飲食店に勤務していたことになっているけど。

配属にあたっては特にそのことについて説明はなかった・・・。

ふっ、まったく舐めた真似してくれるじゃない人事部の連中、

いったい企画室をなんだと思ってるのよ。

恵子は一瞥して、この女なら早晩バックレるだろうな、と予想を立てた。

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