バランスが悪いからこそクリエイティブになれる

完璧主義というのは、やはり

精神的にうまくいってない人たちにとって

はなはだ魅力のある麻薬的なものであるに違いない。

わたしが、まだ二十代前半のころ、知り合いに音楽関係の

イベント会社をやってるY社長という人がいた。

あるとき、某ビジュアル系バンドのライブを都内の有名ホールでやるので

来ないか?との誘いがあり

わたしは、そのバンドにまったく興味はなかったけど

後学のためにということでJRと地下鉄を乗り継いで会場まで足を運んだ。

開演は夜だったが、リハーサルの準備を手伝って欲しいとのことで

正午前に会場に到着した。事前に指示されていた入口でスタッフに

名前を告げると、しばらくしてY社長が中からやって来た。

いつものえびす顔とは違い呆れたように、しぶい顔をしながらつぶやく。

「まいったよ、まいった――」

問題はリハーサルだという。

リハーサルは本番までに終わるものと一般に考えられているが、

どうせ終わるのなら、現場のスタッフたちに

下手と思われて終わるより、上手いと思われて終わりたい。

さらに欲を言えばカッコよく思われてファンになってもらって

終わりたいと考えだすのが

エンターテインメントを生業にする者の宿命(さだめ)らしく、

そのビジュアルに似合わず

『始め良ければ終わり良し、終わり良ければすべて良し』という

昔からの諺をバンドメンバー全員、リハの合間合間に連呼してるとのことだった。

しかし、本番というのは期限をもって迫って来る。

本日は午後6時開場、6時30分開演となっている。

いまは午前11時55分。

「飯食ってないでしょ、ちょっとその辺で」

Y社長と食事をしながら

じつはさ、昨日の夜から会場入りしてるんだけど

ボーカルが新しいの2曲作ったから

きょうのライブで是非やりたいって、突然言い出したんだよ。

デビューしたてのバンドなら自作の曲が少ないということがある。

その場合に他のアーティストの曲を演奏して場を持たせるというのはわかるけど、

あのビジュアルバンドは10年選手。

持ち曲なんて、ゆうに100は超えてる。

だから予定通りの曲をやればそれで充分なのに、

急ごしらえの新曲をやりたいだなんて。

それで、さっきから揉めてるんだ……。

わがままというのか、こだわりというのか。

やっぱり性格が極端なんだよな、

絶対やらなきゃっていう強迫的なところもあるし。

常に新しいことをやって驚かせてないとファンが

離れていってしまうという不安もあるかもしれない。

――で、その2曲を夜中から全員で練習してるんだけど

しかしどうも、あの様子だと、本番までには間に合いそうにないんだよな・・・。

会場に戻ると、わたしは一旦Y社長と別れて客席に向かう。

途中、所在なさそうな一人のスタッフに

「なにか手伝うことはないですか?」

と訊いたけど、彼は顔の前で手を振って苦笑いするばかりだ。

廊下から客席へ入るドアを開けると

爆音がしていた。

エレキギターの目まぐるしいフレーズだけがこだましている。

ステージには髪を振り乱し汗だくになったギタリストが

暇そうな面持ちで遠巻きに見守るスタッフたちとは

別の世界で――



たった一人きり、同じフレーズを

いつまでもいつまでも、

孤軍奮闘、一心不乱に繰り返している……。

どういうわけか、ほかのメンバーはステージのどこにもいなかった。



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