K子は中年の専業主婦だった。彼女の家は、都内の一等地にあり
世間一般からみればかなり裕福な暮らしといえた。
ある昼下がり、
K子はキッチンテーブルに置かれたノートパソコンにむかい、
てきとうにYouTubeやニコニコ動画を視聴していた。
「てきとう」といっても無闇矢鱈とおもしろ動画を視ているわけではない。
夕飯のおかずをどうするかとの迷いを解消するのが第一の目的だった。
中年の主婦がニコニコ動画なんか視るわけがないとの指摘もあるだろうが、
ふふ、現に視ているのだから仕方がない、ここは素直に諦めてもらおう。
しばらくすると、「新着メッセージがあります」とパソコンの自動音声が告げた。
続いて自動音声は内容の意図も手短に知らせてくれる。
「ご主人様からです。きょうの晩ご飯は何かとの問い合わせです」
「もうそんな時間? じゃあ、そろそろ・・・」
K子は壁掛け時計を見上げながら、やれやれと思った。
来る日も来る日も、「きょうの晩ご飯は何か?」と訊かれるのは
だれにとってもあまり楽しいものではない。
新しい夫になってからは、K子にとって、それはさらにひどいものとなっていた。
夫にさえ大っぴらには言ってないが、
じつは、もともと料理をすることにまったく興味がないのだ。
もはや無間地獄といえた。
しかし、だからといって毎日のように
出前やスーパーのお惣菜ですますわけにもいかない。
彼女は動画サイトで紹介していたおかず2品を作る旨を夫にメールし、
自転車で自宅から離れた「マックスバリュ」まで買い物に行く。
途中で「成城石井」のレジ袋をさげたB夫人に出くわしたが
「こんにちは~」とK子の方からニッコリ笑顔であいさつをして、
さぁ、はやくあとは自転車のペダルをフル回転させて、走り去ろう・・・
あ、いま目があった瞬間のBさん、、なにか言いたげだったけど、、、
走り去ろう・・・無視、シカト、近所の手前、性格悪い、嫌な自分。
てゆーか、すでに全速前進だし!あははは~。
というのも、もし立ち話になってしまうと、B夫人の詮索がいつのまにか始まり
巧妙にマウンティングされ、あっという間に日が暮れてしまうからだった――。
解放された後からやってくるのは疲労感というのだろうか、
もっと、なんとなく腑に落ちないような
怒りとも悲しみともつかないモヤモヤ感が
静かに確実に沸騰していくのが不快で、
K子は自分をそんな気持ちにさせるB夫人が大の苦手なのだ。
わざわざ自転車で出かけなくても、歩いて行ける距離にスーパーは
3軒ほどあるのだが、そのいずれの店にも近所に住むB夫人的な主婦が散見した。
K子を見つけると何気なく近寄ってきて、やはりあとは思わしくない状況に陥るだけなのだ。
K子の夫は食にうるさい。
とくに食材に関してなのだが野菜なら産地と栽培方法
肉は餌や飼育方法、魚の場合は養殖などもってのほかで、
やはり天然にかぎると譲らない。
K子は思う「ブリなんか養殖の方がおいしいのに」
一度だけK子が安い安いと嬉々として
業務スーパーであれこれ食材を買ってきたときなど、
そのほとんどが中国産および中国で加工されたものだと知った夫は
買ったばかりで封も開けていないものも、
すべて捨ててしまったことがあった。
近所の高級スーパーなら夫も認めるこだわり食材が手に入るのだが・・・
痛し痒しである。
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