不夜城のビルメン

上水ってのは水道水のことだね。

ふつうの家庭の蛇口をひねって出てくる水は上水なんだよ。

これは水道局から配水本管で送られてくる。

そのまま、ぼくらが飲んでも大丈夫な水。

それで中水なんだけど、これは下水ほど汚くはないけど

上水ほどきれいじゃない水なんだ。

施設によっては雑用水っていうところもあるけどね。

用途としてはトイレの水洗かな、そうそう洗面やウォシュレットは上水だよ。

やっぱり身体に触れる水は上水じゃないとね。

中水だと、あとは冷却塔にも使ってる場合があったかな。

それと噴水とか植栽の水やりにも利用したり。

雑用水の作り方なんだけど、トイレで使った排水以外を

まず浄化槽でバクテリアに分解させてある程度きれいにするんだ。

それを砂でろ過して塩素消毒したら完了。

あとは雨水をためたりとか井戸水を使うのもあるね。

夜。この室内には、非常灯だけが場違いな雰囲気で灯っていた。

遠い昔、縁日で・・・屋台にぶらさげられた裸電球のまばゆいくらいの光……。

かすかな冷気とともに霧が車路のスロープをつたって地下の駐車場に降りてくる。

防災センターの窓からは、

駐車場のほぼ全域を目視で見渡すことができた。

明かりは間隔をおいて地上の外構までつづいている。

それは遠くへ行くほど薄ぼんやりとしたものになっていく・・・。

予定によれば今夜は夜行便のトラックは来ないはずだ。

連休中ということもあり、

繁忙期には徹夜でにぎわうオフィスにさえ誰ひとりいなかった。

このビルは都心部からはなれた山の中にあるので、

前後不覚の酔っ払いや、ねぐらを求めてさまようホームレスは来てくれない。

「お、こんな時間か。そろそろ飯にでもするかい。買い物に行ってもいいし」

すこし飽きたような調子で上中下水の説明をしていたオヤジさんは

腕時計をのぞきながら努めて明るくつぶやいた。

備品の自転車に乗って2分ほど行けば、ふもとにコンビニがあるのだが、

きょうはこのビルのある山全体が停電なので道中の街灯はついていない。

おまけにこの霧じゃ坂道をうまく転がって降りる自信はなかった。

「いや、カップラーメンを持ってきたんで」

そういいながら電気ポットが使えないことに気がついた。

「ガスボンベの・・・カセットコンロってなかったでしたっけ」

「そういうのは、ないな・・・たしか」

自転車は危険と思ったので歩くことにした。

懐中電灯をたよりに表にでると風で霧が流されたのか、

さほど視界は悪くない。

山林は吸いこまれそうな暗黒だったが

コンビニとその前を走る街道の光を目印に

のらりくらりと坂を下っていった。

ふもとの通りまでたどり着くと霧は嘘のように消えている。

まだ時間も早いのでコンビニの駐車場には勤め帰りの車も多い。

入口の前に来る。

そして自動ドアが開き、入店を知らせるチャイムがなるとき――。

芝居じみた感じで店の前にある停留所にM駅行きのバスが到着した。

どこにも躊躇なんかありはしない。

すぐさま踵をかえし足ばやに車内に駆け込んだ。

ビーッ、プシューッと、まことしやかなサウンドどとともにドアが閉まると

低いうなりをたてて乗り物は街道を進みだす。

運転手と思える人物はマイクを使い

いかにも運転手らしい低音の独特な口調でなにやらアナウンスをしていたが

何を言っているのかは、まったくわからない。

いちばん後ろの座席に着いて窓から振り返り

いつも見えるはずの山を見上げたが、

そこには美しい星空がひろがっているだけだった。


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