ガラガラなのに隣にくるヤツ

うわ、なんで隣にくるんだよ。

はじめ、浴室にいた客は

おれと先客の二人だけだった。

しばらくすると見知らぬ中年のオヤジが入ってきて、

なぜかおれの隣のカランに座った。

おいー! ガラガラなのにわざわざ隣に座るなんて、なに考えてるんだよ・・・。

これは銭湯でいちばん嫌われるタイプの客じゃないだろうか?

すぐ洗面器に自宅から持ってきたタオル、シャンプー、固形石鹸、

T字カミソリ、歯磨きセットを入れて立ちあがる。

そして、プラスチックでできた浴室用の椅子ももって

オヤジの視界に入らない洗い場に移動した。

この銭湯はいわゆるビル銭湯だ。

湯舟やカランの位置が変則的なため死角が多く

こういう時に都合がいい。

ひととおり身体も洗い終わっていたので湯舟に入る。

オヤジは忙しなく両手を動かしながらシャワーで頭をすすいでいたが、

おれが湯舟に浸かっているのに気づくと、こちらに顔をかたむけて

睨みつけてくるじゃないか――。

おれは視界の片隅でことの成り行きをしらない

先客が浴室から出ていくのを捕らえた。

そしてきょうという日に限ってまだ、後から入ってきた客はいない。

いつもは最低でも5,6人はいる時間帯なのに・・・。

まいったなぁ。

オヤジはシャワーを止めると、桶をひっくり返してたまっていた湯を派手にぶちまける。

つづけて桶を逆さにしたまま床にコンッ、コンッと強く打ち付けた。

――その音は浴室内で大きく反響して

とてつもない不穏な空気が漂い始めた・・・。

タオルを前腕がプルプルと振るえるほど

力いっぱいしぼって、ゆっくりとオヤジが立ちあがる。

ちょ、ヤベェかな。

いや、気にしない、気にしない。

そう心で唱えてから、おれは目を閉じた。

あー、やっぱり大きな風呂はいいもんだな。

ふぅ、こんなこと無理に考えてると疲れてくる。

せっかく、リフレッシュしにきたのに……あぁ。

なにしにきたんだおれは。

きょうは運が悪かったのかな。

100まで数えてから目を開けると

オヤジがいない――。

よかった、帰ったんだきっと!

いや、まてよ、たしか

いまさっき入ってきたばかりだったよな・・・まさか

おそるおそる湯舟から出てカランに戻ろうとすると

おれが陣取った席の隣にオヤジが座っているじゃないか……。

なんてヤツだ。

どこまで嫌なヤツなんだろう。



オヤジは右の手の甲にアゴをのせて

鏡の中の自分自身をジッと、見据えている。

筋肉の付き方と、そのポーズから

どことなくロダンの考える人を思わせたが

よく見ると江頭2:50といった趣も感じさせる。

実際、なにを考えているかわからない不気味な雰囲気があり

まったく油断を許さない。

おれは、もういちど湯舟に戻ろうかとも思ったが、

ここまできといてそれは不自然すぎる。

あきらかにおかしいじゃないか!

おれは、ひとまずオヤジを刺激しないように

椅子に座ってさりげなくも仕方なくタオルを洗った。

「きょうのお湯なんだけどさ、ずいぶんと塩素臭いよね」

なんと、オヤジが話しかけてきたのである。

しかも意外にフレンドリーな口調であり

さっき睨みつけてきたような殺気はなかった。

「法律だと水道の水ってのは、

1リットルにつき0.1mgの塩素が溶けてないとダメなんだってさ」

いったい、なんでこんな話をしだすんだ?

「ただね、この銭湯は少しばかり

塩素がキツイんじゃないかって、ぼくは思うんだよね」

「・・・」

たしかに今夜の風呂は、塩素が気になるといえば気になる。

でも、だからといってなんでそんな話を

「・・・」

「そうか! お兄さんも少しは気になっていると」

あれ、いま、おれの心を読んだみたいな口ぶりだったけど。

マジか、気持ちわりぃ……。

「ぼくには子供がいないんだけどさ」

こんどはなんだ?

「憎しみをもった子供なんて、いまの世の中じゃ生きるのが辛いんじゃないかって」

まあ、そりゃそうだろうけど・・・

「お兄さんは、まともだと思うよ。ぼくもこう見えて人を見る目には

自信があるんだ。だから老婆心ながら言っておくけどさ、

結局ねマジメ一本槍じゃあ、世の中渡って行けないんだよな」

鏡の中のオヤジと目が合った。なんなんだ?

酔ってるわけでもなさそうだし。

「真面目ひとすじだとストレスがいつのまにか蓄積していって

いつか爆発しちまうか病気になっちまうかどっちかだろな」

「・・・」

「お兄さんもストレスが溜まってるから銭湯にくるんでしょ?」

「なんです? さっきから黙って聞いてれば、頓珍漢な。

あなたは決めつけばかりじゃないですか」





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