現金払いは昭和の残滓

主婦の高塚久美子(47歳)はレジに並んでいた。

パートが夕方の5時に終わると帰りがけには、いつもこのスーパーで買い物をする。

だいたい店内を20分ほど見て回る。

毎度のことだが、この時間帯のレジは長蛇の列ができている。

店員のレジ係によって精算がはやかったり遅かったりするので

列に並んでる客の数が少ないからといって

安易に並ぶと時間の無駄になる場合もあるのだが・・・。

今日は機敏な動きの店員がいる。

久美子は(まつだ)という名札をつけた女性店員の列に迷わず並んだ。

いつも列に並んで前の客たちの支払いを目にするのだが

現金で支払いをする人たちが圧倒的に多い。

久美子は疑問に思う。

電子マネーやクレジットカードで払えば早いのに

ということだ。

客によっては

札入れ、小銭入れ、ポイントカード入れとそれぞれ

3つの財布に分けている。

まぁ、それはいいのだが、

ひどい客になると

支払い金額を告げられてから

バッグの中をゴソゴソと探し始めるのだ。

そのオバサンは

「8,248円になります」と(まつだ)さんに言われてから

肩からさげたトートバッグを覗き込みはじめた。

しばらくしてから、

札入れを取り出し一万円札を抜いたところで(まつだ)さんが

「ポイントカードはございますか?」などと言うものだから

また一万円札をなぜか札入れに戻して再びバッグの中を探索する始末。

やっと見つけたポイントカード専用の財布は分厚い。

二つ折れでボタン付きのベルトをプチンと外して開くと

各種各様、各店舗の色とりどりのポイントカードたちがお目見えする。

もうそれだけでババ抜きができるくらいの枚数がある。

それからがまたなにやら長くなりそうだ。

この店のポイントカードをなかなか見つけることができずにいる。

「えーと、えーと」

ここまでくると(まつだ)さんも財布をのぞき込み捜索に加わる。

「あ、これこれ、ごめんねぇ」などと言いながら

ポイントカードを(まつだ)さんに渡して、

「おいくらかしら?」などと聞く。

「8,248円になります」と再び金額を言われると、

またバッグの中をガサゴソと漁りだし札入れを取り出す。

(まつだ)さんからポイントカードを返してもらいながら一万円札をトレーに載せて

「ちょっと待ってね細かいのあるから」と言い

今度は小銭入れの採掘にとりかかる。

やっと見つかったのは昔ながらの大きな、がま口で

小銭が詰まっているのだろうズッシリと重そうにパンパンに膨れ上がっている。

またまた「えーと、えーと」と言いながら

硬貨を一枚一枚トレーに並べ始める。

ここらへんでオバサンは疲れてくる。

ハァなどと肩を上下させてため息をついて硬貨を繰り出す手が止まる。

248円分を硬貨で払おうというのだが、オバサンは100円玉を出してはいない。

これまですべて10円玉を出しているのだ。

疲れるのもわからないでもない。

(まつだ)さんは素早く何度も数えながら

「あの、あと、18円ですね・・・」と

後ろに並んでいる客たちにもハッキリわかるようにオバサンに請求する。

「え? あと18円・・・おかしいわね」なにがおかしいのだろう。

ちゃんと25枚の10円玉を出したつもりなのだろうか。

それとも、まったく数えてはいないのは認めるが

これだけたくさんの10円玉をがま口から出し尽くしたのだから

もう自分には弁済義務はないとでも言いたいのだろうか。

オバサンはトレーの上にある10円玉を不信そうな目つきで点検しだしたが

足りないことは確認できない様子だ。

もう一度かぞえなおすのも(まつだ)さんに抗弁するのも面倒なのか、

やれやれといった調子で

また、がま口の中を物色しだすのだ。

後ろから見る限りでは、オバサンはとにかく10円玉を見つけ出そうとしているようだ。

1円玉と5円玉はたくさんあるのだからそれを出せばいいようなものであるが

オバサンはどうしても10円玉を出したいようである。

午後6時前、買い物客の長蛇の列はピークに達しており、

このレジを見限って他のレジに並びなおすのは無謀である。

世界一長い蛇はオオアナコンダ

久美子は小学校のころに観た

水曜スペシャルというテレビ番組を思い出した。

たしか、川口浩探検隊が

体長20メートル体重500キロを超えるという

幻のオオアナコンダをどこか熱帯のジャングルに

退治しに行くという話だった。

ヘビが原住民を何人も丸呑みにしているというのだから

世界は広いと思った。

あのときは、川口浩よりもオオアナコンダよりも

久美子の心を激しく揺さぶるものがあった。

それは、田中信夫のナレーションであったのだが、

そんなことを誰にも打ちあけられないまま

小学6年生の夏は、無情にもすぎ去って行くのであった――。

オバサンのがま口をジッと見つめる店員と客たち

(まつだ)さんはときおり横目で順番待ちしている客にすまなそうな視線を投げる。

ザッザッと、がま口を振って埋もれているかもしれない10円玉を見つけようとするオバサン。

順番を待っている人たちの殺伐としつつも呆れかえった視線をものともせず

オバサンは徳川埋蔵金を掘り当てようとするがごとく

10円玉発掘に執念を燃やすのであった。

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