株式会社 星光印刷は山手線の渋谷駅から徒歩15分ほど、
明治通りからはかなり路地を入った坂の多いところにあった。
本社である建物自体は鉄筋コンクリート造のどっしりとして
貫禄のあるつくりだが、かなり年季が入っており築50年はゆうに超えていると思われた。
3階建ての外壁の一部は下地が見えないほど蔦で覆われ、
あたりの小規模だが近代的なオフィスビルとは一線を画す一種異様な様相を呈している。
上島優典(28歳)は先日、ハローワークから
『印刷スタッフ(未経験者可)/ 勤務地 府中市』の紹介状を発行してもらい
星光印刷の本社に履歴書を職務経歴書とともに送ったところ、
翌日の午後には電話がかかってきて「面接に来てほしい――」との連絡をうけた。
「ずいぶん展開が早いな・・・」
ハローワークの求人票には、『面接、書類選考、筆記試験』との記載があったが、
「ちゃんと書類見てくれたのかな?」と優典はいささか心配になった。
面接当日――
5月下旬として、その日はかなりの気温でありニュースでは真夏日ということを報じていた。
着なれないスーツを身に着け、郊外の駅から私鉄で1時間ほど
途中JRに乗り換えて渋谷駅で降りた。
往来のはげしい改札をでると端によってから上着をぬいで汗をふき
スマホで行く先方向を確認しながら歩きだす。
「それにしても渋谷はいつ来ても混んでるなあ・・・
いったい、どこから人が湧いてくるんだろう・・・」優典は感心したようにつぶやいた。
群衆でごったがえす駅構内からぬけると、南国のリゾート地も真っ青になるくらいの
雲ひとつない青い空に、太陽は冷然とかがやいていた――
街のいたるところに配置された無数とも思えるティッシュ配りのメンバーたちが
優典の行く手を阻むように手をさしだして、笑顔であいさつをしてくる。
「こんにちは~おねがいしまーす」
手渡されたティッシュの広告は、ざっと見たところ
コンタクトレンズの店、ガールズバー、足裏マッサージ、パチンコ屋、
インターネットカフェ……
雑踏からはずれた路地にいそいで入ると
それらを人目をさけるようにして、後生大事にカバンにしまいこんだ。
そうしてまたスマホを取りだし星光印刷の場所を確認する。
ふたたび汗が額から流れおちる。
ハンカチで顔をぬぐう。
見あげれば空には太陽が依然としてかがやいている。
その光線は道端の干からびた嘔吐物も平等に照らしだしていた。
都会にあるのが意外なくらいの急な坂道をのぼっていくと
途中に黒ずんだグレーの建物が目に入った。
画像検索したときと同じ蔦もからまっている。
暑さからだろう、窓という窓はすべて開け放たれており
窓辺の乱雑に積まれた書類の端が、ときおり吹いてくる5月の風にぴらぴらとなびいていた。