派遣先での便所飯

トイレの便器に座り込んでから二時間が経過した。

現場から引きあげた肉体労働者が、

コンビニの前でつまみを拡げて晩酌をしている要領で何かを食べている。



仄聞したところ、きょうは女子会がある日のようだ。

かつては、いつも決まった洋風居酒屋で午後7時からはじまり、

飲んだり食べたりしながら、お喋りがとめどなく続いて、

10時すぎに一旦おひらきになると、終電組はそのまま帰り、

始発組はまたべつの店になだれ込むというのが恒例だった……。

会が発足したのは、たまたま仲の良い派遣社員同士で飲みに行ったのが始まり。

いまは当初のメンバーは一人も残っておらず趣旨も違ったものになり

女はその会には呼ばれなくなった。

女の食事は、いつも一時間半あまりかかった。

各種各様の調理パンやカップ麺、

色とりどりのお惣菜が押し合いへし合い床に並んでいる。

女はそれを見るたびに、

このトイレを掃除してくれている年配の女性の顔を思い出す。

ここは自分の家のテーブルなんかよりよっぽど清潔だったので

感謝せずにはいられなかった。

女はよく食べた。

食事に関しては金に糸目をつけない方針である。

本人は健康管理のつもりでいたが食べること自体が好きだったのだ。

しかし、これだけの量を食べるとなるとカロリーも相当なものだったが、

一日に三十品目以上食べるには必然的に食べる量も増えるのだから仕方ないと

自分自身に言い訳をしていた。

わたしだ。今度こそわたしの番だ。そう思うと妙な汗が出てくる。

健康診断のときに担当医も言っていたが、

いかにそれが健康に良いと思い込んでいようと、病気になることもあり得るのだ。

結果は派遣会社に提出することになっている。

女が退職のときに配るお菓子のことをおぼろげに考え始めると、

派遣会社の担当者が事務的に切り出した。

「まことに申し上げにくいのですが、みなさんの中には

自分こそが正社員になれるのではないかと思って

期待に胸をふくらませている方もいることでしょう。

しかし誤解のないようにお伝えすると。

じつは、わたしはこの会社で誰が正社員になれるかを知っています」

担当者はタバコとコーヒーで茶色く変色した

歯を見せて皮肉そうな笑みを浮かべた。

「わたしはこれから先方の部長と会うのですが、

それはある人が正社員になっても

残った方々がその後も引き続き派遣契約されることをお願いするためです。

それでも万が一、更新がなかった場合・・・

ふつうは先方から切られたとしても、また次の会社を紹介してもらえるのですが」

だんだんと担当者の声が大きくなっていく。

「ただ、この契約の場合はホンモノの『死刑宣告』です。

書面に記載はありませんが、死に方は選べませんのでご承知おきを。

契約満了の日付になったら事故か病気、あるいは……」

担当者は喋っている途中で拳銃を取り出すと

わたしの隣の席で居眠りをしている派遣社員に銃口を向けて

引き金に指をかけた。

しばらく間があったあと、鼓膜をつんざくような轟音がオフィスに響き渡り、

撃たれた派遣社員は「ああっ、びっくりした」と、

のんきに言いながら口から血を吐くと

ゆっくりと椅子の背もたれに身体をあずけ白目を剥いた。

「あの派遣さんは、たぶん死にましたよ」

わたしは警察署に連れて行かれ一部始終を話した。

そこは郊外の国道沿いにある大きなビルで

どういうつもりか刑事たちに手錠をはめられ取調室に入れられて……

マジックミラーの向こう側に誰かがいるとも思いましたが

わたしは深く考えませんでした。

あばた面をした刑事が取調室のドアを開けて半分だけ顔を覗かせると

ものすごい形相でわたしを睨んできて――

カウンセラーは椅子に掛けたまま、

ベッドにあお向けに寝かされいるわたしの言葉を

ひとつひとつ点検するように聞いていた。

食事が済むと、女は急に不安になってきて、

こんどはトートバッグから各種ビタミンとミネラルのサプリメントを

何十錠と出し、

さっき水筒に入れておいた給茶機のお茶で一気に流し込んだ。

もうこれで完璧のはずだった。

――やっぱり、トイレの中は暖房が効いておらず寒い。

女はふと、今ごろ女子会で盛り上がっているであろう同僚たちのことを考えた。

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