派遣社員と窓際族

ぼくはオンライン悩み相談室というのをやっているのですが

ぼく自身が悩みやすい性格なものですから、うまく解決しないときもあります。

リクエストもあって直接お会いしてカウンセリングもするのですが、

どうも感情移入をしすぎるところがあり相談者様の話を訊いてるうちに

ぼくまでまいってしまうのです。

こんなことは滅多に人に話せないのですが・・・

今回のケースは思わぬ展開になって事態は収束してしまい

ぼくのアドヴァイスは必要なくなりました。

あれからしばらく経ちますが、その後の相談者様からの連絡がないことをみると

いまは、東京の空の下のどこかで

順風満帆に暮らしていらっしゃるのじゃないかと思われます。

派遣社員として大手メーカーで働く植松大樹さん(26歳)の相談です。

話を訊いて相談というほどのことはないと最初は思いましたが、

植松さんは深刻に悩んでいる様子でした。

「――べつの部署に小川さんという定年間近の男性社員がいるんですけど、

その方が、わたしを見かけるたびにプラモデルの話をしてくるので・・・」

ことのはじまりは、

デパートの模型売り場で小川さんに見つかったのがきっかけ。

ふだん会社の人たちとは外で出くわしても、

おたがい会釈をかわすくらいで話はしないのですが

そのとき小川さんは親し気に話しかけてきたそうです。

新卒で入社して来年あたり定年になる小川さんは

いつも型の古い、しわのあるスーツを着て全体的に凡庸な印象です。

年齢相応の役職についてるわけではなく、部下がいるわけでもない。

作業らしきことをやっているのも見たことはない。

いつも椅子に座ってボーっとしてるか、愛用のマグカップを持って社内をウロウロ。

話を訊いたかぎりでは、どうやら窓際族のようです。

小川さんは定時になるとすぐ退社します。

私鉄に乗って20分ほどの駅で降り

歩いて3分の持ち家であるマンションに帰ってからは

寝る間も惜しんで

ひたすらプラモデル作りに没頭しているとのことです。

いっぽう、植松さんはというと

毎日2時間ほど残業をしています。

JR線で1時間ちょっと行った郊外の駅で降り

そこからバスで約20分・・・さらにバス停から歩いて5分。

家賃3万円のワンルームマンションに一人暮らしという状況。

プラモデルは小中学校のときによく作ったくらいで

最近ではまったく興味がなかったとのことでした。

その日は、デパートの7階にある書店で

ファイナンシャルプランナー2級の問題集を購入したそうです。

日頃から植松さんは正社員として転職できるよう密かに活動を続けていました。

帰りがけ買うともなしに立ち寄った模型売り場にいると・・・

「いやいや、どうもどうも、おつかれさま」

突然、後ろから肩を強く叩かれ植松さんはビックリしたそうです。

「あれプラモ好きなの? いやいや、会社に同じ趣味の人がいるとはね。

まったく灯台下暗しとはこのことだね。ははは」

「いえ、好きと言うほどではないんですけど・・・

でも昔はよく作りましたよ。ははは」

それからというもの小川さんは

頻繁に植松さんのデスクに来るようになって

「ウエマツさ~ん。このまえタミヤのタイガーI型なんだけど、久々に買ってさぁ。

あれ、ほら、1/35のやつだよ。やっぱいいよね、タイガーは。ははは」

とかなんとか、仕事とはまったく関係のない話を一方的に延々としはじめたのです。

近くには植松さんの先輩も上司もいるのですが、

小川さんにそれとなく注意する人は誰もいませんでした。

みんな見て見ぬふりなのです。

トイレに行けば植松さんが用を足してる隣に

マグカップを持った小川さんが音もなく現れる始末――。

「ふぅ、きのうは帰ってから、量産型ザクの色を塗ったんだけどさぁ・・・」

社員食堂で昼食を食べていれば、すかさず隣の席に移動して来るなり

低声で

「植松さん、プラカラーはね、やっぱり、ミスターカラーが、いいよ、ぜったいに」

と、なにやら思いつめた様相で斡旋しようとする……。

また、締め切り前の忙しいさなか、コピー室で書類の束を数えているときでさえ

「120、130、140・・・150」

「見てよ、フラットベース入れすぎちゃって白っぽくなっちゃったよ」

と言いながら小川さんはスマホを取り出して

ハセガワの1/48スケール 九九式艦上爆撃機の画像を何枚も見せてくれたそうです。

それは植松さんが見たところでは何も問題がないように思えました。

ぼくの想像では、おそらく力作を褒めてもらいたかったのではないかと思います。

植松さんは忙しいのと、ノーコメントも間が悪いので仕方なしに、その場しのぎで

「はぁ、大丈夫だとは思いますが、たしかタミヤにも塗料ありますよね?」

「え? う~ん。わたしはミスターカラーしか使わないけど・・・それもありかもな」

いきなりだったので書類をどこまで数えたかわからなくなり

また一枚目からやりなおして、うんざりしたそうです。

小川さんは気の合う同好の士に違いないといった言動を繰り返していましたが

植松さんは迷惑だったそうです。

小川さんには社内に話相手はいないみたいでした。

みんなどういうわけか小川さんを避けています。

そして、みんなは、だんだんと植松さんのことも避けてくるようになったのです。

ある日、いつものように派遣元の担当者が会社を訪れました。

「じつはね、植松さん、3月末の更新のことなんだけど・・・」

「はい・・・」

「ここじゃなくて、ちょっと、ほかの会社でお願いしたいんですよ」

と、カバンから資料を出してきたそうです。

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