ハシゴ酒とタバコの煙の記憶

いまから30年前、日本はバブル経済に浮かれていた。

石本明彦は大学生で、地方から上京し当時開発の進んでいた

都内のワンルームマンションで一人暮らしをしていた。

実家からの仕送りは豊富で、アルバイトをしなくても充分すぎるほどの

生活ができたので、余剰分はすべて遊興費にまわっていた。

田舎で生まれ育った明彦は、夏休みなど海や山に出かけることはなかった。

興味の対象は都会――わりと繁華街に近い住まいだったため、常日ごろから

酒を飲みに街に繰り出しては気炎をあげていた。

飲みに行くといっても、たとえば学校の友達とワイワイするわけではなかった。

明彦は、人とは初対面だとうまく話すことができたが、

二回目、三回目と会う回数が増えるにしたがい、

会話がギクシャクしてしまう性質だったのだ。

初対面では、自分を演出して通り一遍のどうでもよい話題に終始していても

相手はなんとも思わないが、さすがに何回も顔を合わせているのに、

いつまでたっても天気の話ばかりでは、うんざりしてしまうものだ。

もっと踏み込んだ個人的な事柄を話そうとするのだが、明彦には『自分のことを知られるのは

相手に弱みを握られることだ』と考えるところがあり、なかなかうまくいかなかった。

だから、いつも街に出かけるときは、ひとりだったのだ。

もちろん行きつけの店など、つくるつもりは毛頭ない。

常連になんて絶対にならないでいた。

いくら気に入った店でも、なるべくなら行かない。

もし二回目以降に行くとしても、店員や常連客の記憶から逃れるため

期間を開けて行くようにしていた。

街には楽しげな若者たちがあふれていた。

明彦とは同年代の恋人同士だったり、友達数人のグループだったり・・・

きらびやかなネオンサイン、にぎやかな音楽。

明彦は、漠然とした世間全体を羨ましく思った。

気をまぎらわせる意識はなかったが、目についたビリヤード場に入ってみる。

ナインボールを一時間ばかり一人でやっていたが、周りの客たちはみんな

仲間連れで来ていて、一人客など明彦以外いなかった。

なんとなく居心地が悪かったので店を出て歩き出す。

東京は広い、行けども行けども街は尽きることはない……

のどが渇けば、とちゅうのコンビニで缶ビールでも買って歩きながら飲み干せばいい。

それからは、いつものように知らない街で何軒もの呑み屋をハシゴしてまわり、

気がついたら、夕方近く自分のマンションのベッドのうえで目をさますという、

日々がつづいた。

どこの店で店主や客たちと、どんな会話をしたのかなど、

ひとつも憶えていないのが常だった。

タバコは・・・マルボロ

きょうもベッドのうえで、ぼんやりしながらジッポーで火をつけた。

でも、その頃は時間も金も無駄にしているという意識は、かけらもなかったのだ。

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