人の見た目と安心感

ある春の午後。

その日は風が強く吹きすさび

住宅街の一角にある畑の乾いた土を舞い上がらせていた。

風の暴れっぷりとは裏腹に、あたたかな日差しは新旧の建築物を

織り交ぜたこの町に広がって、

この風景を収めた画像だけ見れば平和そのものに感じさせた。



ぼくは、いま心身ともに疲労困憊してしまった。

会社に長期休暇を申請して、だいぶ日もたつのに

心の鬱屈さは一向に良くなる気配を示さない。

だから何か解決法を探して、新しく生まれ変わりたいと望んでいた。

ネットだか書籍だかで、疲れているからといって家に閉じこもってばかりいるのは

気持ちがふさいでしまうので、太陽の光を浴びながら2,30分は散歩しましょう。

というような話を読んだことがある。

だから雨の日以外は、なるべく外に出て早歩きをすることにしているのだが、

もうおおかた、自宅の周りは歩きつくしてしまい見慣れた景色には飽き飽きしていた。

そこできょうは最寄り駅から私鉄に乗り込み、二駅ほど都心から離れた方面に向かった。

プラットホームに降りると、平日の午後らしく閑散としていて

降車した乗客はぼくのほか誰もいなかった。

この駅を利用するのは初めてだった。

各駅停車しか止まらない、この駅は電車が行ってしまうと

時間が止まったような静寂がおとずれた。

自動改札を抜けるとき、併設の駅員事務所をのぞきこんだが

誰もそこにはいなかった。

ぼくは明るい日差しに照らされながら駅前の路地をあてずっぽうに歩いて行く。

ときおり突風が襲ってきて小さな竜巻を目の前につくり

西部劇のワンシーンを連想させる。

曲がりくねった細い路地をさらに進んで行く――輝く太陽のもと人通りは皆無であった。

ある一軒家に『桑原式記憶抹消研究センター』という看板が掲げられている。

看板には簡単な説明書きがあった。

『不安、悩み事、いやな思い出・・・電気的な効果を用いて削除いたします』

胡散臭い文言だが手書きの看板ではなく、業者に作成させた看板だった。

玄関の扉の横には、洒落たカフェに置いてあるようなアクリル製の艶やかな黒板があり

白いペンで『まずは相談から、お気軽にお入りください』と

どことなく古風な感じの達筆な手書き文字が記してあった。

桑原氏は長めの白髪で口ひげを生やした老教授風の男性だった。

――テレビや映画に登場してもそのまま絵になるようなところがある。

人は見た目が9割というけれど、桑原氏と対面するとなるほどなと思った。

まだ何も説明を受けないうちから、この人なら大丈夫なんじゃないかとの

安心感がぼくの中に芽生えてきたのだ。

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