「そんなもんは、年齢を重ねれば、だんだんわかってくるもんだよ」
「うーん。わたしは気づかなかったですけど、そういうものかな……」
若い女は腑に落ちないといった声を出し、自分のグラスにビールをついだ。
しばらくの間、二人は黙り込む――
女は話題を変えようと、壁に掛けてあるお品書きをぼんやり眺めてから、
近眼の目を細めて読もうとした。
男は天井にむかって勢いよく煙を吐き出し
タバコを灰皿の上でもみ消すと、女の顔をマジマジと見つめた。
「じゃあ、話しちゃおうかな」
「どうしたんですか、急に……」
女は男のグラスにビールをつぎながら、ちょっとだけ微笑んだ。
「もったいぶってるつもりはないんだ。それに隠し立てすることでもない。
あのさ、引き寄せの法則って信じてる? 」
唐突な質問に、女は一瞬目を泳がせた。
「イラついてる時にかぎって、嫌な客が来店する」
と男は訳知り顔で言い出した。
若い女は、そんな事が最近あったかどうか・・・
天井の一隅にある雨漏りの痕か何かのシミを見つめながら考えた。
そして、はたと去年の暮れに返品を求めてきた年配の客のことを思い出した。
賞味期限が切れたスナック菓子をレシートと一緒に持って来たのだが、
レシートは確かに、その月のものだったけど商品は
だいぶ前に購入したものではないかという疑いがあった。
結局、こちらが期限切れの商品を売ったということになって
返金処理をしたのだが――
その年配の客がふたたび、その前よりも憤った様子で女の店に押しかけて来たのは、
正月をだいぶすぎた頃であった。
店長の女は外出中だったので
客は店員に「店長はいるか」と、今にもキレそうな形相で、
消費期限を大幅に経過した商品を置いて帰ったのである。
「帰って来たら連絡をよこせ」と言って
電話番号を記したメモを残していった。
店に戻って店員から事の顛末を報告された女は、
すぐ客に電話した。
「商品の在庫管理を徹底しろ」という内容をまくし立て電話は一方的に切れた。
あの暇な爺さん……味をしめて、文句を言いに来た、
そう思うとうんざりしたが、とにかく対策を練らなければならない。
それからしばらくして、
女が仕入れ先へ行くために店の駐車場に行こうとしたとき、
ばったりと老人に会ったのである。
もちろん老人は、買いものが目的というより、
女に文句を言ってやろうとして来たことは間違いなさそうだ。
爺さんは何か言いたげな様子だったが、
目をそらすとそそくさと店に入って行った。
女も思わず店に戻ろうとしたが、逆に火に油を注ぐかもしれないと
思いなおし、そのまま車で出発した。
「それで、その爺さんは、その後どうなったの?」
「それが、その日から、それっきり見かけなくなったんですよ」
「まあ、そうだろうね……」
と男はほくそ笑んで、タバコに火をつけたので
女はまた煙に巻かれてしまったのである。