異例の昇進の理由なんてたいしたことない

田辺氏は変わってしまった。

課長に昇格してから別人になってしまった。

主任から係長、係長から課長と一足飛びに昇進したのだが、

それは、彼が特に優秀だったこともあったが、ほかにも理由はあった。

会社が行ったリストラと早期退職者募集で予定以上に人が辞めてしまって

この森永物産の中間管理職は空前絶後の空白地帯となっていたのだ。



森永物産は弱小商社だった。

海外の雑貨などを主に輸入販売している。

田辺氏は学生時代、海外で放浪生活をおくっていた。

大学には二浪して入り二年間の留年を経てなんとか卒業し、この森永物産に入社したのだ。

彼は放浪生活が長かったため、いくつかの外国語を話すことができた。

そのため海外からの英語以外の電話にもとりあえず対応していた。

彼は素直な性格で人の話をよく聞いて相談にものり

同僚たちからは頼りにされていたし、上司からも評価は高かった。

自然と人が集まるカリスマ性みたいなものを持っていたのだ。

田辺氏は仕事上のミスも隠蔽することなく、すぐに上司に報告する。

解決に向けて責任感を持った行動をして失敗も高評価に変えてしまうのだった。

この田辺氏の評価を面白く思わない先輩がいた。

彼は事あるごとに田辺氏の些細なミスをあげつらっては、ガミガミと叱責を繰り返していた。

傍から見てちょっとやりすぎじゃないかと思えるほどだったので、

その先輩に加勢する者は誰もいなかった。

そんな先輩のことも田辺氏は、

「あの人は細かい事によく気が付くよね。ああいう人がいないと会社はなりたたない」

と言い、よいところを認めて自分の糧にしているのだった。

先輩の話も後輩の話も上司の話も分け隔てなくちゃんと耳を傾けていた。

間違った意見にも最後まで黙って聞き、頭ごなしに発言者を否定せず、

良くない点を指摘できる技量が田辺氏にはあった。

飲み会などでも愚痴や弱音を吐くことはない。

ほかの人を貶めるような発言もなく、どことなく清廉潔白な貴公子といった雰囲気を

身に着けていた。

かつて外国を当てもなく放浪してたとは思えないほどの

紳士的な身のこなし。

どこかの国の王子様が魔法をかけられ年老いた乞食の姿にされて

国外追放の憂き目にあって諸国を流浪するという昔話があったようだが、

田辺氏もそうだったのかもしれない。

しかし課長となったいまは様子が違う。デップリと太りかえった彼の体躯は

平社員時代には想像できないほどの変わりようだった。

性格的にも頑固で言葉遣いも悪くなり、パワハラ上司を絵に描いたような人物に

なり下がってしまった。

もしかしたら彼は、ふたたび魔法をかけられたのかもしれない。

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