鍵を隠しても無駄

ある夕暮れ時。

恋愛研究所の向かいにある廃屋のガレージに、

人目をさけるようにして中年の女がうずくまっている。

じっさい、前の通りから姿はわからなかった。

さっきから真剣な眼差しでスマホの画面を見ている。

女がここに来るのは、きょうで三回目だった。

研究所はここ数年来、たくさんの人の恋愛相談にのってきた。

その評判はネット上で拡散され

女はその噂の断片をつなぎ合わせて研究所の住所を割り出し

直接たずねてきたというわけだった。

窓がすこし高い位置にある。

女は前回きた時に背伸びをして研究室の

五つの窓に小型カメラを取り付けていた。



なかには研究員がひとり、

パソコンの画面を睨みつけるようにして熱心にキーボードを叩いている。

しばらくすると、相談者にむけて送信ボタンを押したのか、

研究員は、立ちあがりながら

左手で右肩を四五回ほど揉むとキッチンへと向かった。

電気ポットの湯を注ぎインスタントコーヒーを淹れる・・・

「ふう、やっと解放された。ずいぶん粘着する男だったけど、

これならストーカーになることもないだろう」

そして、あくびをしながらつぶやいた。

「しかし、世の中には脈がないのに相手を諦めきれない

男や女がうようよといるもんだな――

まぁ、無理なものはいくら相談されても無理なんだけどね。あははは」

ちからなく笑ってから、眉間にしわを寄せ

しばらくもの思いにふけったあと、

研究員はマグカップを台所のシンクに置いた。

それからパソコンの電源を落とすと、自宅に帰るしたくをはじめる。

研究所の植え込みの影に移動した女は息を殺して玄関を見ている。

ドアを出た右手には砂利をひいた犬走が建物の東側まで続いていた。

そこには水道メーターがあるのだが、研究員はその鉄製の蓋を開けると

そのなかにカギを隠した。

鉄製の蓋はあたりを気にせず勢いよく閉められたため

かなり大きな音をたてた。

といっても、隣家は二三軒分の空き地を置いたところにあり

そこの家も人が住んでる気配はない。

だから別段、近所迷惑ということにはならなかった。

車はエンジンを始動させるとすぐに

ヘッドライトを点灯させて動きだした。

テールランプがカーブを曲がって完全に見えなくなるのを待って、

女はひそんでいた場所から立ち上がった。

ひと気のない寂れた町並みに、冬の匂いだけが、ピンと張りつめている――

たぶん……と女は想像した。

カギをあそこに隠すということは、研究員の留守中に

誰かが来るということかもしれない。

たとえば、掃除をするためのハウスキーパーとか・・・

その人は、たぶん女だろう、

年齢はおそらく30代後半から40、もしくは

50代・・いや、60代――いささか漠然としていた。

女は鉄製の蓋を開けてみる――そして、さらに

メーターの文字盤を覆っている青いプラスチック製の蓋を開けると・・・

はたしてカギはあった。

きょろきょろと軒先などを見てみるが

先日きた時と同様に防犯カメラ等はついていないようだ。

ドアは開いた。

靴を脱いであがりこむ、室内の照明は付けずにスマホのライトを使う。

廊下のつきあたりの部屋にパソコンがある。

恋愛研究室なので当然といえば当然だが、

意味ありげな装置だとか実験器具などは一切ない。

しかしそれにしても、そこはあまりに殺風景な部屋だった。

パソコンを起動させたが、パスワードが必要なようですぐに断念する。

キッチンに行って興味本位に冷蔵庫を開けてみたが、

なかには飲みかけの

2リットルペットボトルのウーロン茶があるだけだった。

外に出る。

寒い。

カギを水道メーターに戻してから慎重に蓋を閉じた。

小型カメラをすべて回収し

スマホでバスの時刻表を確認する。

そして女は、きょうも何ごともなかったかのように

閑散とした夜の住宅街をあとにした・・・

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