簡単な仕事は簡単に辞める

つい先日のこと

指示された駅の改札に着いたのは午後三時だった。

武藤という女は、やや目鼻立ちのクッキリした南方系の顔立ちをしていると

担当者から聞いていたが、じっさいに本人を前にすると

してやられた。おれはついてないと思わされた。

まったく、これだったら家で寝ていたほうが

よっぽどマシだと感じた。

純然たる日本人だという証明書をたとえ役所が発行したとしても

誰にも信じてはもらえないだろう。

どこからどう見ても外国人なのだ。

ほかにも待ち合わせと思われる『日本人』は何人も佇んでいたが

どこにも南方系を思わせる顔立ちはいない。

――チェッ、これじゃ間違いようがないじゃないか。

おれは名乗ってから「武藤さんですか」と若干ヤケ気味に尋ねると

彼女はにっこりと満面の笑みを見せた。

こういう無邪気な子供のような笑顔は普通の大人はしないものだが……。

だいぶ待ったのかとか、ここに来るまでの混雑状況はとか

ほかにもありきたりな誰にでもする質問を三つか四つしたけれど

彼女の回答に、とくに異質な点は認められなかった。

よしこれなら、おそらくは大丈夫だろう……。

見た目・・・そう、見た目を別にして。

発音や語彙力からは確かに本物の日本人だという雰囲気は漂っている。

表舞台にでないなら問題はないはずだ。

最近は純粋な日本人の若者が減ってしまって

アルバイトは外人がほとんどだ。

こちらから訊いたわけでもないのに

彼女は家族構成を語りだした。

高校二年生の弟と中学三年生の妹と

三人で木造アパートに住んでいるとのことである。

両親は実家にいると話していたが、それがどこかはわからなかった。

おれが訊いても口ごもってしまうだけだったからだ。

家賃は六万五千円、食費は三人で五万円・・・

その他いろいろな雑費を話していたが、もう忘れてしまった。

そんなことは、おれになんの関係もないことだ。

彼女からは真面目そうな印象をうけた。

なにしろ待ち合わせの約束をしても

半数以上は現場に来ないことはザラである。

来たとしても時間通りということはまずない。

おれは少し心配になった。

それと同時になんだか申し訳ないような気もしてくる。

この先、この彼女はあそこで上手くやっていけるのだろうか。

もっと、まともな仕事なんていくらでもあるだろうに。

少しばかり生活費が足りないという話だったけど

だからといってあんな連中と一緒になることもないはずだ。

彼女はきっと、一週間もしないうちに後悔する。

そうしたら、その時、おれを恨むだろうか――。

事務所と自宅を兼ねたマンションの一室。

窓の外には二月の午後があった。

今年はこのまま雪も降らずに春になってしまいそうな予感がする。

近くの児童公園には

まぶしい太陽の光を浴びて子供たちが駆け回っている。

片側一車線のバス通りでは

灯油の移動販売車が擦り切れたエンドレステープを回し

さっきから猛スピードで行ったり来たりしていた。

しかし、おれの部屋には寒さも騒音も入ってこない。

適度に加湿された空気が静かに動いているだけ。

部屋のすみの水槽の中では、カラフルな熱帯魚たちが

児童公園の子供たちのように盛んに泳ぎ回っている。

あの熱帯魚たちは冬の厳しさというものを知っているのだろうか。

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