広瀬健太さんは都立の普通科高校に通う一年生です。
去年の秋から週三回、
自宅近くのドラッグストアのチェーン店でアルバイトをしています。
いつも品出しとレジをやっていますが、お酒や生鮮食品もあつかうこの店は
お客さんが多く結構いそがしいのです。
先日、売り場でカップラーメンの品出しをやっていると、
「 しもやけができちゃって痒くてさぁ 」
話し好きのお年寄りがニコニコしながら声をかけてきました。
広瀬さんは
「 はぁ、薬剤師に説明させますので・・・ 」
と、不愛想に言いのこし
すぐに調剤室にいる早川愛美さん(28歳)を呼びにいきました。
もっと笑顔で雑談でもできればいいのですがうまく話せません。
早川さんは背が高くメガネをかけた如何にもインテリを思わせる美人です。
この日も彼女は椅子に座って勉強をしていました。
「 おつかれさまです。あの、お客さんが、しもやけのことで・・・」
早川さんはお客さんとくだらない冗談を言い合いながらも
的確なアドバイスをしてます。
それで商品を買ってもらい売り上げに貢献しているのですが、
( たまに出てきて客と話すだけだから薬剤師は楽でいいよな )
広瀬さんにはそんな印象しかありません。
ある日、店長からこんな話がありました。
「広瀬君さ、いま人がたらないんだよ。時給上げるから登録販売者になってくれないかな」
「登録販売者って何ですか?」
「簡単にいえば薬剤師の次にえらい人なんだけどね」
きょうも店長からは柿の腐ったような口臭がします。
福田茂光さん(43歳)はこのドラッグストアの店長をしています。
一見したところ人当りはよさそうですが、
目つきにはどことなく動物的な狡さがあり信用はできません。
髪は薄く顔や頭皮は皮脂でテラテラしておりデップリとしたメタボ体形からは
なにやら変態的なイヤらしさが醸し出されています。
簡単にいえば不潔な中年男というものを絵に描いたような人物なのです。
「試験を受けて合格すればいいんだよ。たのむからさ勉強してくれ」
福田店長は人にあれこれ勧めるわりに自分では何ひとつやろうとしないタイプでした。
「えーと、たしか年齢不問。 受験資格はいらないんだよ。
とにかく勉強して試験に合格すればいいだけなんだ」
登録販売者の資格もそうでした。
チェーン店のこの店は本部から
各店の店長は資格を取るようにとの指示があります。
しかし、福田店長は毎年試験を受けては不合格の繰り返しでした。
「広瀬君は、勉強できるだろ、なんせ現役高校生だからなぁ
若いっていいよなぁ。おれももうちょっと若けりゃなぁ。ははははは」
50代で合格した別の店の店長もいるのですが。
広瀬さんはバックヤードなどで福田店長が勉強している姿を見たことがありませんでした。
( たぶん店長は家に帰ってもやっていないんだろうな )とも想像させます。
「合格したらさぁ、おれの代わりに店長やってもいいよ。わっはっはっは」
「――でも試験って難しいんですよね 」
「 いやいやぁ、大丈夫だいじょうぶ。あんなもん簡単だよ 」
(じゃあ、なんでアンタは毎年落ちるんだ?! )
もっともな話ですね・・・。