無断欠勤の贖罪

西へと向かう最終列車が都心から少しはなれた

駅を発車するのは、わりかし早くて午後十時三十分だ。

居酒屋の明かりが消えるまで

バス停のある駅前のロータリーに立っていることはできなかった。

川まで行ってみよう。

西木豊彦はいつもより速く歩きだす。

しだいに空腹を感じはじめていた。

ふだんなら四時半ごろには夕飯を済ませているのだがこの日にかぎっては

それがかなわなかったのだ。

いまこの瞬間、空腹という肉体的事実は豊彦を何かの行動へと駆り立てる

いちばんの原動力となりえた。

無意識はこの事実に突き動かされ豊彦の意思とは無関係に肉体を操りはじめる。

すぐに夜の川を見に行くのをやめて駅へ引き返しながら

豊彦はまた社会に戻ろうとしている自分に気づきだした。

逃避したくなる対象も豊彦の精神的な未熟さを反映してランダムに変化する。

しばしば思い出すのが

くすんだ過去の記憶のなかにある鉄道雑誌で見ただけの古い駅・・・

やはりこの時も、豊彦は青臭いセンチメンタリズムに陥るだけだった。

帰るついでに国道まできてみる。

ビジネスホテルの裏側の階段から地下道へ降りて

線路の向こうの盛り場を通りすぎると、

道は二股にわかれる。

右に進むと大きな五差路があり、

そのなかでもとりわけ交通量の多いのが国道だった。

迫っては走り去る車たち、なにもそれを見たかったわけではなかった――。

はじめて会社の飲み会に参加したとき

豊彦よりひとまわり以上年上の正社員が

店の残業が一日毎に三十分単位であることがおかしいと

担当部長に詰め寄り改善を嘆願している。

午後五時に退勤だとしても遅番の者に引き継いだりなんなりで

ほぼ毎日十五分は残業になるのだが、それが切り捨てられるのは

不当なのではないかというのだ。

しかし、担当部長はめんどくさそうに聞いていた。

あの調子であれば何もよい結果はでないまま

これからも

なにも変わらず毎日が消費されていくだけだろう。

その正社員もいささかエキサイトしすぎていた。

酔いが回っているのもあるだろうが、どこか尋常じゃないテイストを

醸し出していた。

理由はわからないのだが……閑散とした駅には人を感傷的にさせる何かがある。

別れ

旅立ち

失踪のはじまり

だれもいない夜の自動改札を目の前にすると、

人はスッと、行くあてのない旅路に魅せられてしまう・・・

学生時代――

豊彦は地方に実家があって夏休みなどに帰省する友人たちが羨ましかった。

駅前のロータリーにはコンビニがあった。

なんとはなしに店内に入ると

いままで心を支配していた感傷はたちどころに霧消して

おでんの匂いだけが豊彦をいつまでも縛りつづけようとする。

それは無軌道な旅愁への誘いではなく

むしろ豊彦をもてなす営利目的のやさしさのはずだった……。

この店は大企業が資本となっているのだが

自動ドアには『西野酒店』と書かれている。

昔からやっている酒屋が時代の波に飲まれてはじめた

コンビニエンスストア・・・といった塩梅だろうか。

居心地はよかった――

目には見えない老舗の魂というものが健在なのか

人工的なお仕着せの暖かさというものは感じられない。

どこか隙のある、くだけた空気が店を満たしていた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする