無料お試しで10秒間の記憶を抹消

桑原氏によると、

まず削除したいことを頭に浮かべると

脳のある部分が活動をするのだが、

そこの部分に対して別な記憶を上書きするとの説明だった。

消したくない記憶もある程度は消えてしまうので了承してほしいとつけ加えた。

心配しなくていいのは、

いままで身に着けた技能・・・たとえば、自転車に乗ることや泳ぐこと

日本語を話すこと読み書き計算に関しては問題ないという話だった。



桑原氏の研究室は整然としていた。というよりも何もなさすぎた。

書類や本や研究用の設備が一つもなくて、椅子と机とデスクトップパソコンしかないのだ。

なにか意味ありげな装置でもあれば信憑性が生まれるのだろうが、

これだとなんだか拍子抜けしてしまい、もしかしたら詐欺というか

ご隠居さんの暇つぶしに付き合わされてるだけなんじゃ……? とも思わされた。

いままでの被験者の実績を訊いたが、「みなさん満足している」とだけ答えて

「詳しいことは、病院と同じで守秘義務があるから」と言って教えてくれないのだ。

その他、氏の学歴や経歴も不明だった。

ますます怪しいではないか。

でもぼくは、とくに聞き出したいとも思わなかった。

怪しいけど、怪しくてもいいんだという感じがしてくる。

博士の・・・博士とは勝手なぼくのイメージだけど、

桑原博士には、根拠なく人を納得させる風格があったのだ。

「まあ、とりあえず・・・ものは試しといいますから、やってみましょう」

桑原氏は隣の部屋からヘルメットを持ってきて、ぼくの頭にかぶせた。

ヘルメットから出ているケーブルをパソコンにつなげて画面を見せてくれた。

「いま、わたしの話を聞いて、あなたの脳が反応しているのが、ここなんですよ」と言って

脳の断面図の赤く光っている部分を鉛筆で指し示してキーを叩いた。

いま一瞬のことが頭から抜け落ちた感覚がした。

連続性がなくなったというのか、突然の場面転回・・・

「どうです、記憶を10秒ほど消してみました」

「それは、つまり、ぼくの命を10秒削ったということじゃないですか?」

「まあ、記憶が生きた証だとすれば、そういう考え方もできますが、

でもあなたは、その瞬間も生きていた。そしていまも生きている。

それはわたしが証明しますよ――」

なにがなんだかわからないけど、これはどえらい大発明なんじゃないか?

原理はどうなっているのかは、企業秘密とのことで、やはり教えてもらえなかった。

おれの直感なんだけど催眠術かなんかの類で科学的なものではないような気もした。

今回はお試しということで無料でいいという。

二回目以降は有料ということだけど、尋ねてみるとビックリするほどの値段ではなかった。

マッサージの料金に毛の生えた程度の金額で施術をしてくれるとのことだ。

一回一回様子を見ながらやるので、削除したい記憶によっては回数は多くなるらしい。

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