日本の英語教育は正しい

 むかしから日本の英語教育は間違っていないのではないか。

なぜなら読み書きはもちろんのこと

英会話が堪能になると、

みんな日本語を使わなくなってしまうんじゃないかとの懸念がある。

よく日本語は世界一難しい言語といわれているが、

ふつうの人は難しいことより簡単を好む。

ほっとけば人々は易きに流れるものなのだ。

1. むずしい=日本語

2. かんたん=英語

どちらを選択するかは自明の理である。

仮に、日本人が日常的に英語ばかり使っているとしよう。

すると、言葉の壁がないのをいいことに、

どうしょうもない外国人が押し寄せて来るようになるのだ。

観光だけなら、まあ歓迎できるが、

気軽に仕事して住みつかれたうえに、繁殖までされてはたまらない。

日本人が日本語を使わなくなると、自然と日本文化も廃っていき、

いつの日か、日本自体が消滅してしまうだろう。

そして、ちょっとばかし目端の利く生粋の日本人は

旅行がてら海外に出て行ったっきり、二度と日本に戻って来なくなるに違いない。

それでは困るのだ!

優秀なエコノミックアニマルとしての

遺伝子を持った生粋の日本人は価値がある。

支配階級からすれば、いつまでも日本の中だけで

純粋培養し続け、労働させていたほうが効率がいいというものだ。

日本語しか使えなければ、日本にいるしかない。

支配階層のエリートは違う。

彼らは幼少のころから英才教育を受けて育つのだ。

当然、英語はもちろんその他の外国語もペラペラである。

だが、庶民は小中高大と支配者にとって都合のいい

“ 英語教育のようなもの ” しか受けられない。

そんなものは、絵に描いた餅である。

心ある人ならば、いつかこれに気づく。

しかし、たとえ一念発起して語学留学したとしても、

「 英語が堪能 」といえるほどになる者は、ごくわずかである。

美しい日本と素晴らしい日本文化のためでもあるが、

支配階級のためにこそ英語学習者は、

これからも悩み迷い翻弄され続けるのが、正しい道なのである。

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