西澤は親切心からコピーを取り直して一部ずつクリアファイルに入れた
書類を持ってきてくれたけど、
和代は当然のように「ありがとう」の一言を出すつもりは毛頭なかった。
第一、後輩に感謝の言葉を述べるのは、たとえ社交辞令にせよバカげていた。
和代がこの場合、何より危惧しているのは、自分が「ありがとう」と言うことで
後輩はもちろん周囲からも自分が格下認定をされてしまうんじゃないか、
その結果として自分の居場所がなくなり、人事考課も悪くなるのではないか
ということであった。
昼休みの社員食堂でも、和代は口を極めてそれを言った。
部下や後輩は、先輩や上司のために何でもやって当たり前なんだというのである。
私は黙って彼女の話を聞いていたが、あまり関心できない内容だった。
上下関係、主従関係、そういうものでしか人と関われないといった人物であった。
しばしば同僚に対してもマウンティングらしき発言もみられる。
ある時、クリーニング屋に出したコートのシミが落ちなかったときも、
料金を払いたくないとゴネたことがあった。
「結果を出せないのに金だけ取るとはどういうことだ」と言うのが
彼女の理屈だった。
たしかに染み抜きは値段が高かったような気がするが。
やがて和代は、あちこちから疎まれる存在となったが、本人は気づいてなかった。