お節介なアプリ

 

昼すぎ、ベッドのなかで目覚めた真由美が、壁際に寝返りをうつと

スマホが、真由美の意識に直接話しかける。

「水分を摂取してください血液の粘度が上昇しています」

厚生労働省が運営するスマホアプリが、24時間

身体の状況をモニターし最適な処方を自動で通知してくれる。

その個人に必要な栄養素、睡眠時間、運動の種類など、

その都度おしえてくれるのだ。

モニターされた個人の身体データはすべて厚生労働省が一元管理している。

真由美は、もの珍しさもあって、はじめアプリのお知らせにも感心していたが、

最近ではわずらわしく思いはじめていた。

ボサボサの髪をかきあげながら、よたよたと冷蔵庫にむかう。

ドアを開けると、

キリンのアルカリイオンの水があった。

ダイソーで一目みて気に入った、かわいらしいグラスに注ぎ

口に運ぶ・・・。

その直前、ドキッとするくらいのアラームが意識のなかで鳴動した。

「水を飲む前に口をゆすいでください」

厚労アプリである。

「睡眠中に口腔内で増殖した細菌が基準値をこえています」

いやな顔をしながら、真由美は指示に従う。

アンインストールしようとしたが、この無料アプリの使用条件として

あなたの一年間の身体データを厚生労働省およびその大臣に提供すること。

その間にアプリの削除および使用の中止は如何なる理由があってもできない。

というものである。

真由美はこの文言を読まずに

( 同意します )にチェックを入れてしまったのだ。

真由美 31歳 独身はフリーランスの仕事をしており

おもな職場はこの自宅だった。

あとは気分転換もかねてノートパソコンを持ち込み

コメダ珈琲店やスターバックスなどで作業の続きをしたりもする。

だが、やはり真由美は自宅がいちばんな気がするのだ。

水を飲んでから、冷蔵庫のドアをもう一度あける。

アルカリイオンの水の他には、スーパードライ500ml 2本と

はくさい4分の1、しょうが1個。

あとは、にんべん つゆの素、

S&B 本生 本わさび等の、残り少ない使いかけの調味料の類だけである。

わさびに関してはハウスのほうが好みなのだが、

エスビーのほうが、いつも10~15円くらい安いので

つい、そっちを買ってしまう真由美であった――。

真由美は、きょうの仕事をコメダでして、

帰りにグルメシティに寄って豚バラを買おうと決めた。

でかける前にシャワーを浴びようと服をぬぐ。

「ヒートショックの危険性があります」

と、厚労アプリ。

「室温を25℃にしてください」

なに言ってんの?

この真冬に25℃なんか無理だよと、真由美は意識のなかで反論する。

指示を無視してシャワーを終えると顔に乳液をつける。

ふだん真由美は化粧をほとんどしなかった。

ノートパソコンを入れたバッグを持って、

電動アシスト付き自転車に乗りコメダにむかう。

「筋肉への負荷すなわち運動量が不足してます」

またしても厚労アプリである。

「自転車の電源をOFFにしてください」

はぁ? ばかじゃねーのか! そんなことできるかよ!!

商店街の雑踏のなか反射的に大声で吐き捨ててしまった。

周囲の、驚いた、冷ややかな、好奇な、

見て見ぬふりしながらしっかり見ている瞳たち。

一瞬にして真由美は、

さまざまな視線のレーザービームをあびたのだ。

店内に入る。

コーヒーの香りが心地よい。

BGMは邪魔にならないよう遠慮して、かすかな音量で流れている。

ジャズの巨人、ジョン・コルトレーンはテナーサックスで、

めまぐるしい怒涛のソロを展開していたが、

その演奏に心をとらえられ耳を傾ける人は誰もいなかった。


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