パラレルワールド、2019年 1月1日の日本
ナベ首相の自宅の書斎に小さな男の子があらわれた。
デスクトップパソコンでYouTubeやニコニコ動画を
熱心に視聴していたナベ首相は、なにかの気配を感じてふり向いた。
ナベ首相はとくに驚かない、正月のあいさつに来た人が連れた
こどもであろうと思ったからである。
経済大国の首相ともなれば盆暮れ正月、自宅も官邸も関係ない。
ひっきりなしに各所から人がたずねてくるのだ。
経済大国の首相がYouTubeやニコニコ動画なんか観るわけがない。
との、お叱りを受けるかもしれないが、観ているのである。
もっぱらのお気に入りは、著名なコスプレイヤーを筆頭に
無名なミリオタや食べ歩きのチャンネル。
彼はいまプライベートな時間であり、こればかりは仕方がないのだ。
こどもといっても、なにか特別な印象をうけた。
まず服装である、服とよべるのかもよくわからない。
薄手な生地でできているのか。いやらしいくらい
からだにフィットした全身タイツのような代物なのだ。
「おいおい、そんな恰好じゃ寒いんじゃない?」と笑いながら
ナベ首相は、そこのストーブにあたりなよ。
とでも言いたげにストーブのほうを見た。
お正月である。いくらパラレルワールドとはいえ
気温に関しては寒いと相場が決まっているのだ。
ナベ首相には、こだわりがあった。
それは、
“ ストーブはやっぱり石油にかぎる ” というもの。
こどもは石油ストーブのほうへ近よりなら、はっきり
「わたしは2070年から来たものです」と、
“ 言った ”
正確には音声で発したわけではなく、
ナベ首相の脳内の言語野に直接入力したのだ。
ナベ首相は頭の中で、そうだろう直感したが、
すぐに打ち消し、ふつうに考えようと思いなおした。
「まあ、ちょっと寒いけどさぁ、空気の入れ替えをしよっか~」
じぶんでも意外なくらい、つとめてお道化た調子を演じたナベ首相は、
窓を開けながら、整然とガーデニングされた庭の花たちに気がつく。
「ほぅ、こんな寒さのなかでもあんなに可憐に咲きほこっているとは・・・」
いずれも和恵夫人が丹精こめて育てた花たちである。
凛とした身を切るような空気に包まれ、伸びをしながら深呼吸する。
あーっ、気持ちいいな。やっぱり日本に生まれてよかったよ。
「 大日本帝國バンザ~イ!! 」
思わず小さく叫んでしまった。
塀のそとからカメラなどの機材を携え日夜張りこんでいる
マスコミ関係者たちがいっせいにこちらを見る。
「 あけましておめでとう! みなさんごくろうさまです!! 」
そう言ってから笑顔で大きく手をふり、取りつくろう。
ふりかえると、こどもはまだいた。
・・・しばし、見つめ合う。
ふぅ、妙だな、ストーブの一酸化炭素のせいか、連日の疲れだろうか――。
そのこどもは、こどもらしくない雰囲気をかもしだしていた。
目つきは利発な印象とともに、殺し屋のような油断のなさがある。
石油ストーブの上にのせられたヤカンは、いつのまにか、ひっきりなしに、
タンタン、ごりりィ、ジン・・じんじん、などとつぶやいている。
数年前に隣国の南北は統一をはたしていた。
それからというもの隣国は軍事面に力をいれだし、
日本にとっては、それまで以上にやっかいな存在へと発展していたのだった。
ナベ首相はそのことで頭が痛かった。
そこへ、この妙なこどもの出現である。