理不尽な騒音問題

彼が疑念を抱いているのは

『嫌なことは気にしないで忘れるように』という教え。

これを提唱してくる人というのは、

じつは、嫌なことをする張本人なんじゃないかと常に思っている。

彼が住んでいるアパートの上階の住人は

日ごろから足音を響かせていた。

だから彼は、「もう少し静かにしてもらえませんか」と

言いに行ったのだが、「気にしすぎなんじゃないでしょうか」と

逆に怪訝な顔をされてしまったのだ。



埒が開かないと思った彼は、管理会社に赴き事情を説明する。

「まあ、集合住宅ですからね、ある程度は仕方ないですけど、経緯はわかりました」

と、対応した従業員は具体的な解決法を示すわけでもなく、

話しはそこで終わってしまった。

『やっぱり家賃の安いアパートはこんなもんか』と感じつつも

なんだか納得しかねる気持ちになっていた。

それから数週間が過ぎたが、いっこうに足音の騒音は

おさまる気配を示さなかった。

「どうやら管理会社は何も対策をしてくれてないみたいだな……」

と彼はつぶやいた。

ここ数日は足音に加えてテーブルを引きずる音がするようになる。

掃除でもしているのだろうか、それにしても何度も繰りかえされる

引きずり音は、日増しに長く激しくなっていった。

こう連日連夜にわたって不意打ちされるような音に

彼の自律神経は次第に疲弊していった。

それから数日して、

今度は管理会社から電話があり、

「そちらから騒音がするという相談を、あるお部屋から受けましたが、

心当たりはありませんか」ときた。

これでは、話しがアベコベじゃないかと思いつつ、

「うちは一人暮らしですし、いたって静かにしてます。

それより、上の階が以前ご相談にお伺いした時よりも

激しい状態になっていますが、どうなっておりますでしょうか」

彼は努めて冷静に談判してみた。

「それは、集合住宅だからね・・・多少は我慢してもらわないと」

「それだったら上の階の人も我慢すればいいんじゃあないでしょうか」

「いや、あなたね、ものには限度というものがあるでしょうに」

「そう仰られても、わたしは何もしてませんので」

「いやいや……そんなわけないでしょう」

まったくどうなっているんだか、なぜ彼は自分が責められるのか

理解できなかった。

ある日の静かな夜――

突然、ドアのチャイムの音が何度も忙しなく鳴った。

出てみると、件の管理会社である。

「ちょっとね、だいぶ音が大きいとの連絡がありましたものですからね」

劇画のようなタッチで目が血走っている。

彼は自身が潔白であることを説明したが、言えば言うほど

担当者の目つきは異様な光を帯びはじめたのだ。

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