詮索好きな大家さん

薄い日差しの昼下がり、おれは楽器ケースを携えて私鉄の各駅停車に乗り込む。

都心から少し離れた郊外の街にサックスの教室はあった。

駅から徒歩数分の雑居ビルに着くと

入口でおばさんがホースで水を撒いている。

この人は、おしゃべりで一度つかまるとなかなか釈放させてくれない。

だからきょうも足止めと食らうと思って覚悟した。

「こんにちは……ちょっと、埃が立つから水を撒いてるのよ。

これから先生のところに行くの?」

おばさんは、笑顔を装っているが警戒心の浮かんだ表情をしている。

平日の昼間っから音楽に現を抜かす大の大人など、とてもまともな神経ではない。

といった文字が顔に書いてあった。



先生によると、おばさんはこのビルのオーナーの夫人との話だった。

最上階に住居を構えているのだが、入居者にゴミの出し方を含めてあれやこれやと

日ごろから顔を合わせれば事細かに口出ししてくるとのことだった。

何か気に入らない事をいわれても口論をするのは止めてほしいとの

先生からの要望だった。

「きょうお仕事は、お休み?」とおばさんは言った。

「ええ、まあ……」とおれは言葉を濁したが、おばさんは追及の手を緩めない。

「いつもお昼に来るけど、いったい何のお仕事をされているの?」

「じつは、無職なんですよ……あははは」

「あら、やだ、それだったらこんな所で音楽なんてやってないで、職安に行かなきゃ」

「まあ、仕事はしていませんが、奥さんみたいに不動産を持っているので

家賃収入があるんですよ」と嘘を言ってごまかそうとすれば

「へえ……じゃあ去年の収益はおいくらでしたの?」

他人の生活にたいして興味を抑えることができないといった目つきだった。

でも、こういうのって明らかに非常識な詮索でしょう。

失礼すぎてまともに取り合ってなんかいられないと思ったので、

「え、レッスンの時間ですので、また今度ゆっくり――」と言って逃げたわけです。

教室に入って先生に挨拶もそこそこに

たったいまのやり取りを報告しました。

「そうなんだよね、あの人の詮索好きは度を越しているんだよ。

おれも生徒さんの人数やレッスン代を聞かれたりしたからね。たぶん家賃をこの先ちゃんと

払っていけるか探ってるんだろな」

「先生も大変ですね」

「こればっかりは、入居してみないとわからないかな。

不動産屋も言ってくれりゃいいのにさ・・・」

「ぜんぜん管理の行き届かないビルよりはマシといえばマシなんでしょうけど」

「うーん、どうだろね。管理会社もさ、オーナーだから強く言えないんだよね」

そう言って先生はわざとらしく腕を組み、お道化てみせたのだった。

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