社長ご乱心

都市部の本社で――と、なにもわざわざ書くまでもなく、

たいていの証券会社は都市部に本社があると相場は決まっている――

かねがね社長の肝いりでと囁かれていたが・・・

あらたに採用を決定したという人事部から、

容姿端麗、才色兼備、という女性の新人が紹介されたのだ。

新人といっても、みなさんがマスコミ各方面から知らされる新卒採用みたいな、

あのつい先日まで学生だったというような人々とは違う。

すでに数年まえに絶滅したと噂されている、

それまでごく普通に中途採用されていた年齢だが、

いまどき契約が『無期雇用』というすこぶる稀有な条件だった。

それにしても、すでにアウトソーシングに大量発注をはじめているこの時代に、

せめてまだ比較的長期間継続して使用するにはコストは高いが、派遣元の会社に

二、三のケチをつけるだけでお払い箱にできる派遣社員ならともかく、

パートだとか、アルバイトだとか、契約社員だとか、

ましてや正社員など、厄介きわまる直接雇用を

山ほど抱え込んでいる業界では中堅の証券会社など、

このご時世、いったいなにを考えているのだと訝しむ諸兄も

いると思われるので、ひとこと申し上げておく。

すべてはワンマン社長の方針なのだ。

本社のフロアには東側の大会議室のほかに南側に小会議室があり、

そこからの通路は迷路のように曲がりくねり来訪した業者たちをしばしば翻弄した。

通路の出入口をぬけると東側の壁には点検口を兼ねた

たくさんの躙り口があり、そのひとつは

社長が新人の正社員を連れていった大きな社長室に通じていた。

部屋には社長用の最高級の事務机と社長の椅子、

そして本棚には、見てくれと言わんばかりに社長の自著をふくめた自己啓発書と

一度も開かれたことのない百科事典類がならんでいる。

壁にはいろいろな訓示や日本地図と世界地図がデタラメな配置で貼りつけられていた。

机の上には食いかけて何日も放置されたカップラーメンの容器や

数本の飲みかけのペットボトルとコーヒーが半分入った紙コップ、

それに書類やノートが乱雑に積み上げられ、そこはかとなく、

社長の精神の荒廃ぶりを物語っているようだった。

この日のために音楽事務所から派遣されてきた

ビッグバンドが急速調の曲を大音量で始めると

ステージ奥の暗闇に社長の理想的にデフォルメされたホログラフが浮かび上がり

しだいに実体化をはじめる。

スポットライトは総務部の年配男性社員が慣れない手つきで

操作するため実体化しだした社長を一瞬で照らし出すのに四苦八苦している。

光はあらぬ方向の緞帳や演台を彷徨い照らすだけで

いっこうに社長に照準を定めることができずにいた。

ハリウッドスターを思わせる屈強な社長はいらだって地団太を踏む。

ビッグバンドの演奏はそんな幼稚な偶像を煽り立てるように

一層とダイナミクスをつけて盛り上がる。

唸り声とともに折りたたみ式のパイプ椅子を振り上げて

いまにも各テーブルに

躍りかかろうという体勢だから従業員たちは、わざとらしい悲鳴をあげ、

髪を振り乱しながら逃げまわる、テーブルや椅子はひっくり返され

ケータリングのオードブルやビールなどがあたり一面に散乱する。

その食べ物や飲み物や食器類で意図的に足を滑らせる従業員たち。

みんな示し合わせたように尻餅をついてはズボンやスカートを汚していく。

「おいだれか、クリーニング屋を呼べ! がはははは」

頭では悪ふざけとわかってはいるはずだが、

はじめての参加で恐怖におののきすぎたのか、ひとりでばか笑いするパートさん。

乾杯の音頭のまえから催していた尿意に我慢ができなくなってトイレに行こうと

厳重に施錠されたドアを半狂乱になって開けようとする経理部の係長――

大立ち回りする怪力の社長に捕まって背負い投げをされたうえに

四の字がためをくらい歓喜の雄叫びをあげる営業部長・・・

会場全体が、わあわあぎゃあぎゃあと尋常ならざる慟哭と惑乱に満ち、

こうして創業100周年記念パーティは阿鼻叫喚の巷と化したのである。

パーティというものは、パーティそのものに得も言われぬ魔力がある――。

それは『礼装して出席すると、突如としてセレブの気分』という魔力である。

始まってしまうと、たちどころに、たとえ会社の経営が火の車であったとしても、

アラブの石油王の心境になるのだ。

見慣れた会社の大会議室も、やがて王宮のボールルームのように見えてくる……。

このパーティではカクテルグラスを手に取った瞬間・・・

さまざまな瑣事や悩み事を忘却できる。

顧客とか売り上げとか債権者とか、あらゆるものから解き放たれる。

これこそが社長をして甚だしく逸脱したパーティを催したがる理由ではないだろうか。

宴が始まってすぐに、会場は香水と饐えた嘔吐物のような料理の臭気で充満した。

コインの裏表のように、

社長と乱痴気騒ぎは、一にして不可分……。

そしてそれは今宵もまだまだ続くのであった。

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