父さんの会社が倒産する時

業務の最終日、盛大な倒産の記念式典、花束の贈呈。

パート、アルバイト、正社員、契約社員、派遣社員、その他、協力会社を含む

全従業員へ向かって別れを告げる壇上の社長の前に、

ツカツカと歩み寄ってくる債権者たちの影……。

それからしばらくは、会場で、従業員たちの怒号に満ちた握手と

悔し涙と再出発を決意したガッツポーズが続いた。

「おつかれさま」

「おつかれさま」

社長も専務も部長も課長も平社員たちも、

みんな握手をし合い、肩を叩きあう。

最後まで頓珍漢な一部の上役が部下たちに

労をねぎらったつもりの不愉快とも思える訓戒めいた言葉を述べている時。

もっとも興奮している社屋の一番抵当権を持った債権者は、

武者震いとは異なる様相で、全身がガクブルと痙攣しだす。

それらを尻目に見ていた非正規雇用の従業員たちは、

早くも、お互い赤の他人となって

失意のどん底から地獄の釜の底に変化しつつある会場を後にする時。

目覚まし時計が鳴りだした――。

いや、これは旧国鉄時代の発車ベルだろう。

普段は貨物車両を車庫から出し入れするだけの小さなディーゼル機関車が、

きょうはどうしたことか、何十両、何百両もの

満員電車を引っ張ろうと奮闘する。

エンジン全開。

全速前進。

顔を真っ赤にした車掌が吹いた笛が鼓膜を破るくらい鳴り響く時。

だが、しかし案の定、だから言わんこっちゃない・・・と、誰かが言うが早いか

車輪の空転、飛び散る火花

それは無数のハエとなって一斉に車掌にたかりだす。

プラットホームの吸い殻入れの中でタバコが物凄い勢いでくすぶっている。

フィルターの焼け焦げるにおいが、鼻腔を強く刺激した時。

――壇上の社長は喉がイガらっぽいらしく、

さかんに水を欲しがるが、演台に水差しは置いてない・・・。

と、ぼんやり気づいた時。

劇的ともいえるほど、はっきりとした便意をもよおした。

壇上の社長は先ほどからの『幼い便意』を無視していたが、

急激に成長した便意は、社長の意識をのっぴきならない状況に陥れた。

ひっきりなしに握手を求められるので、これじゃあトイレに行けやしない。

正確には、握手を振り払って行こうとしているのだが、

どういうわけか床と足の間に摩擦がなく前に進めないのだ。

そんな社長の意思や生理現象などおかまいなしに

次から次へと我勝ちに従業員たちが殺到してくる。

右手で握手している最中に左手を奪われ二人同時に『処理』しなければ

ならない。

その際限のないともいえる渦中、

整髪料でなでつけられた白髪まじりの少ない頭髪は、

もみくちゃにされ社長は落武者のようでもある。

ネクタイはだらしなく緩められてしまい

中にはドサクサに紛れて頭を小突く者も二、三人いたようだが

誰の仕業かは、まったく特定できない。

ああ、誰か、おれの代わりに握手をしてくれないか。

そうだ、おいおい、壇上に便器を用意すればいいじゃないか・・・

だとすれば用を足しながらでも握手はできる、

われながら良いアイデアだ、あははは。

それなら、いっそのこと便器と演台のハイブリッド製品を作ればどうだ。

よし、今度こそボロ儲けも夢じゃない。

実際、おれは今まで何をやってた・・・

一円、二円、あちこち細かな予算を削って・・・

もう、地道なビジネス展開なんてコリゴリだ。

――ブリブリブリ、ズボンの中が熱くなった時。

異臭が周りに立ち込めはじめるのと同時に、

従業員なのか債権者なのか罵声と咆哮が激しくなっていくようだった。

うう、手が痛い、もしかして骨が・・・いま猛烈な力で握手をしたヤツは誰だ。

その方向を確認することを許さないかのように

前後左右と次々に繰り出される手たちは、

社長の髪を腕を足を耳を鼻をそして首を掴んだ。

おれを責めているのか、みんなおれを責めても・・・

うすれゆく意識の中で、

いまの世の中、金を稼いでる若造が雨後のタケノコみたいに出てきたが

いままでになかった性質の事業を立ち上げたからのようだ。

おれは、ポッと出のヤツはパッと散って終わりだろう、

と思って気にも留めなかったが、

散ってしまうのは、おれの方が先だったってわけか……。

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