辞めてやると言って辞めない人

「辞めたい」と言ってる人に限って辞めないもんだとの指摘どおり

京極陽平はしぶとく辞めなかった。

新人が入ってくると真っ先に

「おいおい、なんでこんなトコ来ちゃったの? この会社はねえ――」と

ネガティブな話を吹き込むやつなのだ。

職場の士気を低下させるのは彼の得意技だった。

そんな京極の行いを店長は黙って見ているわけではない。

「おい、京極! おまえに新人教育を頼んだおぼえはない。自分の持ち場に戻れ」

店長は新人たちにも「京極の指示は聞かないように」と言い含めていた。

京極はこの店長のやり方が気に入らなかった。



彼は店長よりも長くこの店に勤めている、

そのため「おれの方が店長よりも仕事ができる・・・」と思い込んでいるのだ。

京極は30歳を越えていた。大学卒業後に一度就職したらしいが、すぐにその会社を辞め

アルバイトを転々として今に至っているようだ。

金持ちの実家暮らしで人づてに聞く話によると、一生働かなくても食っていけるだけの

資産はあるようだった。

誰かが「そんなに辞めたいなら辞めたらいいじゃないですか?

京極さん家は金持ちなんだから」と言ったらしいが、

「辞めたいのはやまやまだけど、おれがいなきゃ、この店は回らないんだから

辞めたくても辞めれないんだよ。おれが金持ちとか金持ちじゃないとか関係ないって」

と嘯くというのだ。

当たり前だが、京極はアルバイトなので仕事の内容は店長とくらべて単純作業が多い。

だから店長と自身の仕事をくらべることは無意味なのだが、

彼は理解していないようだった。

けっして作業が遅いとかミスが多いということはないのだが、如何せん無駄な

自慢話や会社に対するネガティブキャンペーンが散見される。

上辺だけだが口が達者でルックスも良いため、一部の女性からは人気があった。

上半期の決算でこの店は全チェーン店の中でも、上位の売り上げであったことで表彰された。

「まあ、おれがいれば当然だろうな」とは京極である。

店は繁盛していて順調だったが、

それは京極のひとりの功績でないことは明白なのだが・・・。

京極は新人の面倒見はよかった。

正式な教育係に任命されることはないのだが、新人のなかには彼を頼って

質問したり相談をしている者もいたのは確かだ。

正式な教育担当になっていた人たちは、基本的なことを通りいっぺんにしか

教えないので、新人としては理解が深まらなかったのだ。

そのことを新人が京極に言えば

「そうだろ、だから〇〇さん(教育係)はねえ――」と始まってしまう……

そして、きょうも京極の自負と上からの評価はアンバランスなままだった。

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